ネパールの教育制度の歴史について(Joshi)

ネパールにおける教育発展の歴史を紐解いてみると、まず2つのキーワードが浮かび上がることに気が付きます。それは、「家庭内教育」と「グルクル(Gurukula)」です。「家庭内教育」とは、両親や、教えるのが上手な近所の方によって子どもを教育することです。つまり、「家庭内教育」には専用の学習環境があるわけではありません。また、「グルクル(Gurukula)」とは、グル(Guru,サンスクリット語で先生という意味)が、シッシャ(Sikushyas,教え子)を、集めて(クル、Kula、拡大された家族という意味)、カーストや信条、地位によらずに一つの場所で教えるという意味です。

ネパールで公式の学校ができたのは、1853年のことでした。でもその学校には、限られた優秀な子どもたちだけしか通えませんでした。ある特定の集団のみが、学校に行き、その環境の恩恵を受けることができたのです。しかし、1951年の民主主義の導入により、教育制度は広く一般の人々に開放されることになりました。この時、300の学校、1万人の生徒に対する教育が行われ、識字率は5%になりました。多様な文化・民族の背景を持つ子どもたちが教育の恩恵を受けた一方で、ネパールの伝統的な社会は、女性が学校に行く機会を与えずにいました。

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1971年の教育計画導入によって、ネパールの人々は国の教育環境が劇的に改善されたと考えています。他の国に比べるとそのスピードは遅いものの、2010年までに49,000もの学校が建てられ、識字率が60.3%(男性73%、女性46.3%)まで向上したことは、注目に値します。

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しかし、ネパールの社会には、女性や、周縁の人々(軽視されがちなマイノリティ)を排除し続けている事実があることを忘れてはなりません。このような圧力に打ち勝ち、教育の平等を達成するためには、現代社会に見合った、経済的・技術的・知的要件を満たす学校が必要です。「国に恩返し」という思いを子どもに届けるとともに、このような社会悪をなくすという願いを込めて、Youme schoolは創立しています。

 

ネパールの教育についてさらなる情報をご覧になりたい方は、こちらもご参照下さい。

http://www.doe.gov.np/ (ネパール語)